雨ぼ
すべてのデザイナーに捧げるストーリー
3Sence Designer

初めまして、藤井です。

今はWEBデザイナーとして自由な時間を過ごしています。

信頼できるパートナーと一緒に。

今はこうなれているわけですが、

僕は昔一度、起業に失敗しました。

まずは、そのエピソードからお話しいたします。

04

2003年、IT起業家がもてはやされていた当時、

「あっ僕もこんな風になりたい」と思い、

専門学校時代の友人とともにデザイン会社を起業。

格安の事務所を借りて、内装を自分たちでDIYし、小さい看板も作成。

パソコン、作業台、プリンター、ソファ、大量のデザイン本を持ち込み、自分たちの最高の仕事部屋が完成した。

20代前半の二人には、夢があった。

その夢はここから始まると本気で信じて。

でも結局一番、ワクワクした時間はこのときだけだったのです。。。


「起業したからには、苦手な営業もしないと・・・」

「まずは、人脈を広げないといけない!」


そう考え、まずは事務所を貸してくれた

商店街の会長さんに挨拶しに行く。

「藤井くん青年会議所って知ってる?」

「いや〜、知らないです、、青年会議所って何ですか?」

「まぁ今度会合あるから来てみて」

と言われ、会合に参加。

高級料亭の雰囲気と30〜40歳くらいの

男性経営者の勢いに圧倒され、ほとんど何も喋れず。。。。

結局、名刺交換もろくにできませんでした。。。



「知人の紹介でも仕事って結構あるんじゃない?」


たまたま友人の親戚に歯医者さんがいて、

その方からWEBサイトを作りたいと言われました。

「歯医者のWEBサイト専門業者」

がすでに入っていたので

こちらでデザインのみを制作することに。

歯医者さんと打ち合わせをして

写真も撮影。

ロゴもなかったので、

WEBサイトと雰囲気を合わせたロゴをデザイン。

二人で何とか全てをデザインして、納品しました。

「むっちゃいいやん!ありがとう」

そう言われた二人は満足して

「喜んでもらえたし、よかったわ」

「初めての仕事やし、自信になるね」

と話し合っていました。。。

でも、、、問題はその後おきました。


1か月後に、WEBサイト制作の請求書を送っても音沙汰がない。

歯医者に直接電話しても受付の方から先生につないでもらえない。

公開されたWEBサイトを見てみると、僕らのデザインは使われていない。


「え!あの時間は何だったの?」

二人は呆然とし、言葉も出ませんでした。

結局、支払いはされないまま泣き寝入り。


自分たちではしっかりコミュニケーションと

ヒヤリングをしていました。

でも、若い僕らは自分たちの主張ばかりして

クライアントさんの意見をうまく取り入れられなかったのです。。。



落ち込む二人ですが、起業すれば立ち止まるわけにはいきません。


「やっぱり今の時代はITだから」

「WEBサイトからバンバン仕事取ればいいやん!」


そう考えた二人は、仕事の受注をWEBサイトからの

受注に切り替え、WEBサイトを制作することに。

「やっぱりトップページはシンプルに」

「毎回、訪問する人が楽しいように、
 トップページのイラストはランダムにしよう」


「色使いもシンプルに、白と黒のみで」

「フォントにこだわって、
 できるだけ画像でカッコ良くしよう」


「まだ二人の仕事としての作品が
 ないから後から追加すればいいや」


「ブログはSEO的に必要だから、日々僕らの
 考えていることを日記にして公開しよう」



約1ヶ月で、二人のWEBサイトが完成。

めちゃくちゃカッコ良く、自信作だったので

早くみんなに見てもらいたくて、一気に作りました。


「デザインには自信があります!」

「デザインはシンプルが一番だ!」


そう言わんばかりの、シンプルなお洒落なデザインの

WEBサイトは僕らの営業マンになるはずでした。

でも、そこからのお問い合わせは1件も来ない。

メールも電話も来ない。


「ブログも更新してるし、SEO的にもいけるはず」

検索サイトで

「〇〇デザイン」

と自分たちの屋号で検索したら

ちゃんと検索結果の1ページ目に出てきます。

「なんで?」

その時の僕たちには

「キーワード検索」

「お客さまが何を求めているか」

の視点が

完全に抜け落ちていました。

その後WEBサイトは、誰にも使われることなく

閉鎖されました。


デザイナーだけやってきた二人は

営業のやり方がわからない。。

だから仕事もない。。

仕事もないから、アルバイトが多くなる。。

時間もないから営業もできない。。

と負のスパイラルにはまっていきます。


そうしているうちに

徐々にモチベーションが下がり

僕が事務所に出社すらしない状態に。

当然、友人からは

「ちゃんと時間通り出社して!」

「このまえ頼んだデザインまだ?」

などの厳しい言葉をかけられます。

そんな状況が2〜3ヶ月つづいた僕は

いよいよ友人の電話を無視するように。


ある日、家にいると母が

「あんた、家に友人から電話かかってんで」

家にかかっていたら出ないわけにはいきません。

「・・・はい?」

「電話に出て!」

「・・はい」

「次いつ出社する?」

「・・・明日」

「何時?」

「・・・え〜〜〜と、たぶん13時くらい」

「一回、ちゃんと話し合いたいから、明日はちゃんと来て」

と言われ電話は切れました。

次の日、出社して二人は話し合い。

「会社どうするつもり?」

「・・今はデザインする気もない」

「なんで?」

「・・怒られるのは嫌だし」

「はぁ?怒」

「・・もっと優しく言って欲しい」

「なんでも人のせいにするな!怒」


二人の関係は最悪な関係に。

そしてそのまま、デザイン会社を放棄した僕は

前に働いていた印刷会社へ戻ることになりました。。

09

この事実を向けられた僕は、しばらく何にも考えないようにして過ごしていました。


「時間が経てば忘れるだろう」

「僕は起業には向かないんだ」

「もう起業するのはやめよう」


そう考えて戻った印刷会社での仕事は、分かっていたけど面白くない。

「スタッフを育て、そのスタッフが辞めて、
 新しいスタッフを育てる」


「何年たっても人手不足」

「部下から社長の考えと合わないと言われる」

「まとまった休みを取れないので、旅行に行けない」

毎月決まった金額がもらえるけど、

それだけの理由で働くことに慣れてしまいました。

そんな日々を、ぼーっと過ごして30歳を過ぎる。

30歳を過ぎた頃に、

「やっぱりもう一度起業したい」

という想いから、もう一度、行動開始しました。

まず、前に仕事をもらっていた理容室のオーナーに

「あの時は色々ご迷惑をおかけしました」

「またよろしくお願いします」

と伝えると

オーナーから

「藤井くんがデザインしてくれるなら助かるわ」

との言葉をもらい

今でも信頼してくれていることに心が震えました。

また、友人の母がしているパン教室の

WEBサイトを作ったことから

紹介での仕事も入るように。

「主体性を持って動くと仕事がある」

という実感をリアルに感じた瞬間でした。


そして33歳の時に、起業セミナーで武田と出会い

「ちょっと仕事を頼める?」

とWEB関連の仕事を依頼されることに。

「納期1週間やけど大丈夫?」

「大丈夫です!」

「速攻で修正できる?」

「大丈夫です!」

「もっとクオリティあげて」

「わかりました」

もちろん印刷会社での仕事が

終わってからの仕事です。

栄養ドリンクとエナジードリンクを片手に

深夜まで自宅のパソコンとにらめっこ。

そんな2ヶ月が過ぎた頃、

当社の代表の武田に呼び出されました。

「何かミスしたんかな、、」

「怒られるんかな、、」

いろんな不安を胸に秘め、

当時、武田のオフィスのあるビルの

6階までエレベーターで上がりました。

オフィスで武田が一言

「一緒に働いて欲しい」

「!!」

「いつから、働ける?」

「!?!?!?!」

「来月から無理?」

「いやいやいや、印刷会社辞めるつもりはないんですが・・・」

「何で?やめたらいいやんw」

「いきなり言われましても・・・」

「でも、そこまで言ってもらえるなら、、、辞めます」

「年末までは働きたいので、来年から働きます」

こうして、尊敬する経営者と一緒に働くことができるようになりました。

新しい場所で働くことになってからは、楽しい毎日です。

好きな時に働いて、好きな時に休む。

働きたい人と一緒に働き、働く喜びを一緒に分かち合う。

好きな服を着て、ダサい服を着ない。

食べたいものを、食べたい時に食べる。

印刷会社で 働いていた時にはできなかったことが

今ではできるようになりました。

本当に今が一番楽しく、働いています。

株式会社ティーブレイン藤P